東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2788号 判決 1977年2月24日
原告 馬場京子
原告 馬場信行
右原告両名法定代理人後見人 塚原信夫
右原告両名訴訟代理人弁護士 平谷敬一郎
榊一夫
右訴訟復代理人弁護士 中元信武
被告 滝田実
右訴訟代理人弁護士 大貫正一
宍戸博行
被告 柴原正二
右訴訟代理人弁護士 河野宗夫
服部成太
加藤義樹
大久保建紀
被告 東京都
右代表者知事 美濃部亮吉
右指定代理人 半田良樹
佐々木輝重
主文
被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金一、七七五万九、〇〇四円及びこれに対する昭和五〇年五月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告ら訴訟代理人は、「被告らは、各自、原告両名に対し、それぞれ金二、一九九万二、八四〇円及びこれに対する昭和五〇年五月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、いずれも、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、被告東京都指定代理人は、更に、原告ら勝訴の場合につき、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。
第二請求の原因等
原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。
一 事故の発生
亡馬場金次郎(以下「亡金次郎」という。)は、昭和四七年五月二八日午後一〇時三〇分頃、東京都武蔵村山市中藤六〇〇〇番地の日産自動車株式会社村山工場正門前路上(都道一四八号線。その後主要地方道第三七号所沢砂川線となった。以下「本件道路」という。)の砂川方面行車線の路肩寄り(東側)に本件道路に通ずる私道を挾んで設置された二本のガードレールのうち北側ガードレール(以下「甲ガードレール」といい、南側ガードレールを「乙ガードレール」という。)の外側約一・一メートル付近を所沢方向(北方)から砂川方向(南方)に向けて歩行中、同方向に向けて進行してきた被告滝田実(以下「被告滝田」という。)の運転する被告柴原正二(以下「被告柴原」という。)所有に係る自動二輪車(多摩ま一九四三号。以下「被告車」という。)に追突、跳ね飛ばされて負傷し、翌二九日死亡した。
二 責任原因
1 被告滝田の責任
被告滝田は、制限最高時速四〇キロメートルを遵守するのはもち論、常に前方を注視し、進路の安全を確認しながら運転すべき義務があったにかかわらず、これを怠り、前方を注視せぬまま、制限最高時速を大幅に超過する時速約八〇キロメートルで漫然と進行したため、前方路上を同方向に歩行中の亡金次郎の発見が遅れたのみならず、約四〇メートル前方に道路左側を歩行中の亡金次郎を認めた後も、直ちに減速し又は警笛を吹鳴する等の適切な措置を採らなかった過失により本件事故を惹起したものであるから、民法第七〇九条の規定により、亡金次郎、その妻敏江及び原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。
2 被告柴原の責任
被告柴原は、本件事故当時、被告車を所有し、事故当時被告車を被告滝田に貸していたものであって、自己のため被告車を運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定により、亡金次郎、その妻敏江及び原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。
3 被告東京都の責任
本件道路は、被告東京都が設置し、かつ管理する道路であるところ、その管理には、次に述べるような瑕疵があった。すなわち、本件道路は幅員約七・二メートルのセンターラインにより片側一車線に区分された歩車道の区別のない舗装道路で、前記二本のガードレールは道路東側側端から約一・一メートルの地点に設けられ、その内側歩道部分は未舗装であったところ、そのいずれにも雑草が繁茂し、歩行が困難な状態となっており、歩行者は車道上の通行を余儀なくされていた。以上のとおりであるから、本件道路は、通常有すべき安全性を欠いていたものというべきところ、亡金次郎は、前記二本のガードレールの内側が雑草により歩行困難な状態であったため、右両ガードレールの外側の車道上の歩行を余儀なくされ、本件事故に遭遇したのであるから、本件事故は、公の営造物である本件道路の管理の瑕疵に基因するものというべきであり、したがって、被告東京都は、国家賠償法第二条第一項の規定により、亡金次郎、その妻敏江及び原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。
《以下事実省略》
理由
(事故の発生)
一 亡金次郎が、原告主張の日時に日産自動車株式会社村山工場正門前路上に設置されていたガードレールの外側を所沢方向(北方)から砂川方向(南方)に歩行中、被告滝田運転に係る被告車に追突、跳ね飛ばされて負傷し、翌日死亡したことは本件各当事者間に争いがない。
(本件事故現場及び事故発生の状況)
二 《証拠省略》を総合すると、
(一) 本件事故現場は、所沢市方向(北方)から砂川町方向(南方)にほぼ南北に通じる、被告東京都が設置し、かつ、管理する(この点は、原告及び被告東京都の間において争いがない。)都道一四八号所沢砂川線(その後主要地方道第三七号線となった。)通称日産通り路上にあり、本件道路は、本件事故現場付近では、砂川方面行車線の路肩寄りに設けられた前示ガードレール部分を除き、歩車道の区別のない、全幅員約七・二メートル、東側に設面排水のため約一メートルないし一・一メートルの未舗装路肩部分を有し、その他はアスファルト舗装され、車道有効幅員は五・四メートルで、中央線により片側一車線に区分された平坦かつ見通し良好な直線道路で制限最高時速は四〇キロメートルと規制されており、本件事故当時交通量は少なく、事故現場付近は電柱の螢光灯及び日産自動車株式会社村山工場の照明灯で明るかったこと、及び本件道路は、本件事故現場の西側約四一・五メートルにわたり日産自動車株式会社村山工場正門の舗装敷地に接し(その路肩部分も舗装されている。)東側は、同会社村山工場の駐車場出入口の砂利敷に接し、右砂利敷は本件道路の舗装部分にまで達しており、本件道路の東側未舗装部分と舗装部分との境界沿いに、右駐車場出入口の砂利敷部分約六・五メートルを隔てた北側に全長約一六メートルの甲ガードレール、南側に全長約七メートルの乙ガードレールが各設置され、各ガードレールの内側の未舗装部分は歩道用となっているが、右両ガードレールの他にはその前後にガードレールは設置されていないこと、
(二) 亡金次郎は、本件事故当夜、知人の奥住忠らと飲酒後(血中アルコール濃度は、一ミリリットル中〇・七ミリグラムであった。)、本件事故現場近くを自宅へ帰るべく、奥住と腕を組み、同人が甲ガードレール側を、亡金次郎が同ガードレールの約一・一メートル外側付近を砂川町方向に歩行していたところ、折柄、被告滝田は、被告車を運転し、本件道路東側側端より約二メートル(甲ガードレールから約一・一メートル)中央線寄り付近を同方向に時速約八〇キロメートルで走行中、約四〇メートル前方に同方向に歩行中の亡金次郎及び奥住を発見したが、警笛吹鳴等の措置も採らず、漫然、走行し続け、約二〇・九メートル後方に接近しはじめて危険を感じ、急制動措置を採ったが、ハンドルを転把するいとまもないまま被告車のハンドル左側、ステップ等を亡金次郎の右横脇、右下腿等に激突させ、亡金次郎を約九・八五メートル前方路上に跳ね飛ばし、約九〇メートル走行後対向車線西側側端の電柱に衝突して停止したが、そのため亡金次郎は右頭部及び右顔面強打による脳挫傷及び右下腿骨開放性骨折に伴う血管損傷等の重傷を負い、直ちに国立村山療養所で治療を受けたが間もなく死亡したこと、
(三) 甲ガードレール及び乙ガードレール内側の路肩部分は、両ガードレールの間にある駐車場出入口の砂利敷部分を除き、側溝の設置されていない本件道路の排水用地として舗装部分より一段低い未舗装地面となり、隣接する畑、駐車場敷地等と連続し、ぬかるみやすい構造となっていたが、本件事故当時、甲ガードレールの各支柱はやや路肩寄りに傾斜し、その両端は路肩寄りに折れ曲がり、乙ガードレールの各支柱もやや路肩寄りに傾斜しており、両ガードレールの内側の中央部分は踏み固められて雑草は生えてはいなかったが、その両脇からガードレールの上端程度の高さに泥やほこりを被った雑草が生え、殊に甲ガードレールの南端部分及び乙ガードレールの北端部分では着衣に触れることなく歩行することは困難な程度にまで中央寄りに生えており、また、両ガードレールの間にある前記駐車場出入口の砂利敷の路肩部分には水溜が二個所あって通行不能となっていたこと、
以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
(責任原因)
三 被告滝田の責任
上叙認定の事実によると、被告滝田は、最高制限時速四〇キロメートルを遵守するのはもち論、進路前方に歩行者を認めた際には直ちに減速し、又は警笛を吹鳴し、適切にハンドルを操作して、進路の安全を確認しながら進行し、もって事故の発生を未然に防止すべき義務があるにかかわらず、これを怠り、最高制限時速を大幅に超過する時速約八〇キロメートルで進行し、進路前方を同一方向に歩行中の亡金次郎を約四〇メートル手前で発見しながら、直ちに減速し、ハンドルを転把し、又は警笛を吹鳴する等の措置を採ることなく、漫然進行し続けた過失により、亡金次郎の手前約二〇・九メートルに至りはじめて危険を感じ、急制動の措置を採ったが間に合わず、本件事故を惹起したのであるから、民法第七〇九条の規定に基づき亡金次郎、同人の妻亡敏江及び原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。
四 被告柴原の責任
《証拠省略》を総合すると、被告柴原及び被告滝田は、ともに、日産自動車株式会社村山工場の工員で、本件事故現場より約三〇〇メートル南方にある同社独身寮の同室に居住し、ともにオートバイの運転を好み、被告柴原は、昭和四七年四月、被告車を山本輪業より代金一五万八、〇〇〇円、一二か月の月賦払の約で購入し、以来右独身寮に保管しこれをレジャーの目的等で自己使用し、本件事故当時には右代金中約金八万円を支払っていたが、まだその登録名義及び責任保険の契約名義は前々所有者の小野寺某のままであり、一方、被告滝田も、そのころ、排気量七五〇立方センチメートルの自動二輪車を購入し、同じく右独身寮に保管し、しばしば互いの自動二輪車を交換、貸し借りして乗用していたこと、及び被告柴原は、事故当夜(日曜日)午後八時頃、被告車の後部に他の同僚一名を乗車させて運転し、被告滝田の運転する同被告所有の前記自動二輪車とともに右独身寮より約一キロメートル離れたボーリング場に赴き、ボーリングを観戦、夕食後、被告滝田と自動二輪車を交換して帰寮することとし、各自のキーを交換し、ともにボーリング場を出発したが、その際、被告滝田の運転する被告車が一足早目にボーリング場を出、本件事故を惹起したことが認められ(る。)《証拠判断省略》
上叙認定の事実に徴すれば、被告柴原は、被告車を保有し自己のために運行の用に供していた者というべく、事故当時、被告滝田に対し、帰寮までの寸時これを貸与していたにすぎないのであるから、その運行の支配及び利益を喪失していたものとは到底認めることはできない。
被告柴原は、被告車は山本輪業より代金割賦払、代金完済まで山本輪業において所有権留保の約で買い受けたものであり、購入代金の大半が未払であって、その登録名義及び責任保険契約名義も他人名義となっていたから被告柴原は運行供用者でなく、また、被告柴原はボーリング場出発に際し、被告滝田に一方的に被告車を乗り出されたから、本件事故当時、被告車の運行に対する支配を喪失していたか、又はその支配は極めて希薄化しており、その運行により何らの利益を得ていなかった旨主張する。しかし、特段の事情の認められない本件において、被告車の所有権留保付割賦売買は、単に代金債権の確保のために所有権が売主に留保されているにすぎず、被告車の引渡しを受けた被告柴原において被告車に対する運行支配及び運行による利益を享受していたものというべく、したがって、代金未払の点及び登録等の名義の点は、被告柴原の被告車に対する現実の運行の支配及び運行利益の取得をいささかも左右するものではなく、また、上叙認定事実に徴すれば、本件事故直前、被告柴原は、被告滝田により一方的に被告車を乗り出されたものと認めえないことも明らかであるから、被告柴原の上記主張は採用の限りでない。
また、本件事故が被告滝田の過失により生じたことは、上叙認定のとおりであるから、被告柴原の免責の抗弁も採用するに由ない。
してみれば、被告柴原は、自賠法第三条の規定に基づき、亡金次郎、同人の妻亡敏江及び原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。
五 被告東京都の責任
上叙認定の事実に基づき、亡金次郎の進行方向より本件事故現場付近の道路状況を順次検討するに、本件事故当時、甲ガードレール内側の歩道用の中央部分は踏み固められ雑草は生えていなかったが、同ガードレール内側両脇からガードレール上端程度の高さに至るまで泥やほこりを被った雑草が生えており、着衣に触れることなく歩行するのは困難な状況であり、次いで、同ガードレールの南側の駐車場出入口の砂利敷部分六・五メートルの間にはその巾が路肩部分に及ぶ水溜が二か所あり、続く乙ガードレールの北端部分には両脇から密生した前同様の雑草が生え、歩行を妨げていたことにかんがみると、本件事故当時、通常の歩行者は甲ガードレールの内側歩道部分を歩行し難い状況にあったものと認めるを相当とするから、甲ガードレール及び乙ガードレール内側の歩道部分は、その間に存する砂利敷路肩部分をも含め歩行者の歩行に適しておらず、歩行者は両ガードレール外側の車道部分の歩行を余儀なくされていたのであり、この点において、本件道路は歩行者に対し、通常有すべき安全性を欠如していたものというべきである。なお、被告東京都は、甲ガードレール及び乙ガードレールは歩車道を区別するため設けたものでない旨主張するが、前記認定の道路状況からみて右両ガードレールの内側が歩道部分を形成していることは明らかである。
しかして、《証拠省略》によれば、亡金次郎は、事故当時三六歳の健康で律気な男性で、事故現場近くに住み建具店を経営し、朝晩飼育していた警察犬を散歩させていたことが認められ(右認定に反する証拠はない。)、その年令・性格等に徴し、本件事故現場付近の道路状況をかねてから知悉しており、右両ガードレールの内側路肩部分等が通行に適した状況にあれば、その内側を歩行し、本件事故に遭わなかったものと推認できるから、本件道路の前記瑕疵と本件事故との間には相当因果関係があるものと認めるべきである。
被告東京都は、亡金次郎は、泥酔のうえ、奥住忠と腕を組み車道上を歩行中、本件事故に遭遇したもので、当初からガードレールの内側を歩行する意思がなかったから、本件事故と本件道路の瑕疵とは因果関係がない旨主張し、亡金次郎が飲酒後奥住忠と腕を組んで歩行中であったことは前記認定のとおりであるが、その血中アルコール濃度は一ミリリットル中〇・七ミリグラムであって、歩行者としての正常な心身の機能は阻害されていなかったものと推認でき、かつ、事故発生地点は、ガードレールの外側約一・一メートル付近であるから、奥住と腕を組んではいたものの、亡金次郎は車道側端寄りを歩行する意思を有していたものと推認できるのであって、飲酒後腕を組んで歩行していたとの点も未だ前示因果関係の存在を左右するものとはいえない。
してみれば、被告東京都は、国家賠償法第二条第一項の規定に基づき、亡金次郎、同人の妻亡敏江及び原告らの被った後記損害を賠償する責任がある。
(過失相殺)
六 叙上本件事故発生の状況及び本件事故現場の状況によれば、亡金次郎は、本件道路には、甲ガードレール及び乙ガードレールの部分を除き歩車道の区別及び路側帯がなかったのであるから、道路交通法第一〇条第一項の規定に従い、道路の右側端寄りを歩行すべきであるにかかわらず、これに違反し左側通行をして前記認定の状況にある甲ガードレール及び乙ガードレール付近に差しかかり、車道側の歩行を余儀なくされた以上、通行車両との接触事故を避けるため、後方からの通行車両の有無、動静に十分注意しながら、可能な限りガードレール寄りを歩行すべきであるにかかわらず、ほろ酔い気分から、奥住と腕をくみ、ガードレールより約一・一メートル車道中央寄り付近を、後方車両を警戒することなく、漫然併進歩行した過失があり、これが本件事故発生の一因をなしたことは明白であるから、亡金次郎の右過失を損害賠償額を決するにつき斟酌すべきものとし、その過失相殺による減額割合は一割五分とするのが相当である。
(損害)
七 よって、以下亡金次郎、同人の妻亡敏江及び原告らが本件事故により被った損害の額につき判断することとする。
1 治療関係費
亡敏江が、亡金次郎の妻で原告らの母であり、本件事故後の昭和四九年七月六日死亡したこと、及び原告らが亡金次郎の子であることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、亡敏江は、亡金次郎の前記傷害の治療費として金四万八、五九〇円、文書料として金一、二五〇円、合計金四万九、八四〇円を支出し、同額の損害を被ったことを認めることができ、前示過失相殺による一割五分の減額により、金四万二、三六四円の損害賠償権を取得したところ、同女の死亡により、原告らは、その法定相続分(各二分の一)に従って、右請求権の二分の一に当たる金二万一、一八二円あて相続したこととなる。
2 葬儀関係費
《証拠省略》によれば、亡敏江は、亡金次郎の死亡に伴い、葬儀及び初七日の法要を執り行い、葬儀費として金三一万八、八七〇円(《証拠省略》によれば、亡敏江は、昭和四七年五月三一日、事故現場から病院に亡金次郎を運んだ者に対し謝金一万円を支出したことが認められるが、右は葬儀費用とは認め難い。)、初七日の法要費用として金三万六、八八五円を下らない金員合計金三五万五、七五五円を支出し、同額を下らぬ損害を被ったことを認めることができ、前示過失相殺による一割五分の減額により金三〇万二、三九一円の損害賠償請求権を取得したところ、同女の死亡により、原告らは前示相続分に従って右請求権の二分の一に当たる各金一五万一、一九五円あて相続したこととなる。
3 逸失利益
《証拠省略》によれば、亡金次郎は、昭和一〇年一一月一五日生れで、本件事故当時三六歳の健康な男性であり、三人の職人を擁し、一般住宅の建具の製造販売を業とする有限会社馬場建具店の代表取締役として同店を経営し、一か月金二二万円(年収金二六四万円)の給与の支給を受け、右収入で自己と妻子四人家族の生計を維持していたことが認められ(右認定に反する証拠はない。)る。しかして、昭和四七年(亡金次郎死亡の年)以降の一般の所得金額の増加は著しいものがあったことは当裁判所に顕著な事実であり、口頭弁論期日終結に至るまでに確認しうべき叙上の事情を逸失利益を算定するに当たり斟酌するを相当と解すべきところ、当裁判所に顕著な労働省調査賃金構造基本統計調査報告によると、産業計・企業規模計・学歴計・全年令男子労働者の平均年収額の昭和四八年以降昭和五〇年までの対前年度のそれに対する増加率は、昭和四八年度二〇パーセント、昭和四九年度二五パーセント、昭和五〇年度一五パーセントであり、右増加率は賃金労働者の賃金増加率であって建具の製造販売業経営者の収入の増加率とすることはできないが、賃金の増加率はその年度における企業収益の増加、物価事情、労働事情等の諸状況を反映したものとみるを相当とし、これに、前記認定のとおり、亡金次郎の場合従業員三名を雇用する程度の個人営業と殆んど異なるところのない有限会社の代表取締役であったことをも考慮すると、亡金次郎の年収は控え目に見ても右各年度の増加率の五割を下らない増加率を右各年度において示したものと推認するのが妥当であり、亡金次郎は、本件事故に遭わなければ、六七歳まで三一年間にわたり稼働しえて、右期間において収入より控除すべき亡金次郎の生活費は収入の三〇パーセントを上回らないものと推認するを相当とするから、右収入額から三〇パーセントを控除し、以上を基礎として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して亡金次郎の得べかりし利益の喪失による損害の死亡時における現価を計算すると、原告ら主張の金三、五一二万八七七円を下らないことは計算上明らかであり、前示の過失相殺によりその一割五分を減額すると金二、九八五万二、七四五円となる。
しかして、亡敏江及び原告らは、亡金次郎の右損害賠償請求権を法定相続分(各三分の一)に従って相続したが、亡敏江の死亡に伴い、原告らは亡敏江の相続分を法定相続分(各二分の一)に従って再度相続したため、原告らは、右損害賠償請求権を各金一、四九二万六、三七二円あて取得したことになる。
4 慰藉料
《証拠省略》によれば、亡敏江及び原告らは、本件事故により一家の支柱であった亡金次郎を喪い、これにより多大な精神的苦痛を被ったことが認められ、本件事故の態様、亡金次郎の年令、家族構成等本件に顕われた一切の事情(前記過失相殺の事情を除く。)を斟酌すると、右精神的苦痛に対する慰藉料は、いずれも各金三〇〇万円が相当であるところ、過失相殺により各一割五分を減額すると各金二五五万円となり、亡敏江の死亡に伴い、原告らは亡敏江の慰藉料請求権を法定相続分に従って相続したから、原告らの被告らに対し有する慰藉料請求権は各金三八二万五、〇〇〇円となる。
5 損害のてん補
亡敏江及び原告らが、責任保険から金五〇四万九、四九〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、また、亡敏江及び原告らが被告滝田の父から金五〇万円の任意弁済を受けたことは原告らの自認するところであり(なお、被告滝田との関係では争いがない。)、弁論の全趣旨によると、亡敏江及び原告らは上記金員を各三分の一あて、各慰藉料請求権に充当したことが認められるところ、亡敏江の死亡に伴い、原告らの前記慰藉料請求権につき各金二七七万四、七四五円あて充当したこととなるから、右1ないし4の損害の合計額金一、八九二万三、七四九円から右受領金員を控除すると金一、六一四万九、〇〇四円となる。
6 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、被告らが本件事故による原告らの損害を任意に弁済しないため、原告らはやむなく本件訴訟の提起、追行を弁護士である原告ら代理人に委任し、報酬を支払う旨約したことを認めることができるところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等にかんがみると本件事故と相当因果関係ある損害として被告らに請求できる額は各金一六一万円が相当である。
(むすび)
八 以上の次第であるから被告らは各自、原告らそれぞれに対し、金一、七七五万九、〇〇四円(前項5のてん補後の損害額及び同項6の弁護士費用額の合計額)及び右各金員に対する本件事故発生の日の後である昭和五〇年五月二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条及び第九三条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないから付さないものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 島内乗統 信濃孝一)